老犬ピットのお話

今は亡きピットが私と一緒に過ごしたのは、たったの2年間でした。  

1997年4月1日、傷ついてボロボロの老犬を保護しました。

見るからに怯えていたので、抱きかかえて家に連れ帰ることにしました。
保護した翌日、肛門から小さな虫がポロポロと落ちとても痒がるので病院に連れて行きました。
診察の結果、サナダ虫が体内にいることがわかりました。
他にも、生後15年ほどの老犬であること、声帯手術を受けているのか声がでないこと、フェラリアに感染していること、目が見えていないこと、耳が遠いこと、その他、多くの治療を要する病気が発覚しました。
警察や保健所に「迷い犬保護」の届けを出しましたが、元の家族が現れることの無いまま日が過ぎて行きました。
日に日に私はすっかりピットの虜になり、もう元の家族が現れない事を願うようになり、ピットを手放すことができなくなりました。



(保護して2日目、怯えた表情)

(ピットを保護した数日後、又近所の河川公園に2匹の犬が
迷っていました。結局、近くに住む方が保護しました。)

日がたつと共に落ち着きを見せ始め、やがて私たち夫婦の間に入って寝入り、リビングの真中を陣取り、帰宅すると飛びついて喜ぶようになり、すっかり元気になりました。


(ピットが落ち着いてきた頃)

(ピットが一番元気な頃)

ピットには多くの病名が付いていました。
けれど、高齢で治療が不可能なものもあり、2日置きの点滴や薬が果てしなく続きました。
出来ることなら、一日でも長く元気な姿で私達の傍にいてくれることを願い、ピットの病気にも根気良く付き合いました。

やがて長女を妊娠中、老いと痴呆の症状が出始めました。
家の中でヨタヨタと歩き、あちこちにぶつかり、2〜3時間おきに徘徊し排便の際、ふんばれず倒れてしまいます。
その度に汚物まみれになる体を洗い流しました。

目の前のご飯茶碗がわからず、いつまでも探し回りました。
食べ出してもヨタついてご飯茶碗の中に顔が埋まってしまう事もしばしばありました。
私のつわりがひどく、動物病院まで通うのが困難で、先生のご好意で往診療無料で自宅までピットの点滴に来ていただくようになりました。
つわりで寝こんでいる私にピッタリと寄り添って寝るピットは、本当に私の心の励みになりました。

私のお腹が大きくなるのにつれてピットの歩行はますます困難になりました。
妊娠中の私がピットを抱っこして外出するのは難しかったので、この頃から肩掛けカバンにピットを入れ外出するようになりました。
日中はピットを少しでも外に連れて行き、昼夜の区別を失わせ無いように努力しましたが、毎晩のようにピットは深夜の徘徊を繰り返しました。

1998年11月、破水し産院へ。
病院に行く時、ピットを抱きしめ「ピッちゃん、スグ帰ってくるから元気でいてね。」と声をかけました。
その時のピットの寂しそうな瞳が今でもハッキリと思い出せます。
ピットは、私の実家へ預けることになりました。
産院のベットでも、気がかりなのはピットのこと・・・。
陣痛のさなか、思い浮かぶのはピットの顔。

そして、長女を出産。
ピットは、実家でも昼夜徘徊を繰り返しました。

1週間の入院を経てピットと再開。
ピットの姿を見て涙がでました。
「ごめんね。もう、大丈夫だよ。傍にいるからね。」と抱きしめ思わず涙がポロポロ出ました。

長女を出産後、ピットと共に里帰りした頃から、ピットは完全に前進歩行が出来なくなり右回転ばかりグルグルいつまでも回り続けるようになりました。
カベに当たると立ち往生して動けなくなりました。
声の出ないピットのそんな状態に気が付くように、私は長女とピットの間で眠りました。
ピットは、食べても食べても痩せていきました。
8キロだった体重も5.5キロまで減り背骨がゴツゴツしてきました。


(便を漏らすのでオムツをはめる)

(外出時、足がふらついて歩けないピットはカバンの中、まだ歩けない長女はウエストポーチで抱っこ。この頃、ピットの首は横向きのまま前には向けなくなっていた)


1999年4月30日、突然、まったく食事を取らなくなりました。
病院に連れて行き栄養補給の点滴を受け始めました。
病院で「入院させますか?でも、そのまま危ないかも・・・」と告げられました。
私は「連れて帰ります。明日、又、点滴に連れてきます。」と返事をし、ピットと帰宅しました。

家でも立ちあがっては倒れ、クーッと苦しそうに唸りました。
とにかく膝に抱いてさすることしかできませんでした。
食事を取らず、指に水をつけて口に持っていくと、かろうじてペロペロ舐めました。
3日間、病院に通い点滴と処置をお願いしました。
昼夜、ピットを抱きしめていました。


5月3日午前10時
2年近く吠えることの無かったピットが、2〜3度かすれた声で遠吠えをし、私の膝で永遠の眠りにつきました。

病院に連れて行き、先生から死を告げられても信じたくなかった。
涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、箱に入れてもらったピットを連れて家に戻りました。



1999年5月3日「ピット旅立つ」

泣いても泣いても帰ってこないピット・・・
ピットの死後、家の中にも外にもピットの面影が一杯で、死の事実を受け入れることが出来ませんでした。
私は、今でもピットが誰かに捨てられたとは思いたくありません。
短い間でしたが、ピットは神様が私に授けた宝物です。


ピットへ
「今度、生まれ変わったら、赤ちゃんの時から私の元においでね。
 たくさん、たくさん幸せになろうね。私の所に来てくれて本当にありがとう。」


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