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できることから始めます
 東京の海、最近水質がよくなってなんかいい感じですよね。お台場や青海の臨海公園には、棕櫚の木が植わっていて夏の日差しの中では、リゾート地にきた感じさえします。
 目で見える海は、大きく変わりました。が、水の中を覗いてみると水面を覆っていた油が中和剤によって海底を漂っていて、中底層を生活の場にする魚たちには、劣悪な状態が続いています。

 私たち京浜漁業の仲間は,漁業を通して環境問題の根幹に『本当に今のままでいいのか』を、提言をしていきたいと考えています

京浜漁共設立とその目

現在、大田区内には漁業組合として、10団体があります。大田区産業団体名簿

東京湾の羽田沖を漁場としている漁業者は、昭和37年12月24日の東京都内湾漁業権及び漁業補償水域内許可漁業廃止以降は、自由漁業が残存漁業として認められました。

東京都の自由漁業海面は、その姿を年々大きく変貌させています。現存漁業の継続と、現在残った海面を後世に自然豊かに残していくには、今、声を大にして環境保全を訴える他にありません。平成7年4月 意志を同じくする10名の組合員とともに京浜漁共は,誕生しました。
2003年(平成15年〕1月1日(水曜日〕   読売新聞から

羽田の海を見つめ70年
大田区羽田を流れる海老取川の船着き場を出発した。
亀石弥一さんがかじを握るこの船は、全長7mほどだ。数分で多摩川に合流すると、沖を目指してグンとスピードを上げた。

 右岸は、工場が密集する京浜工業地構。火力発電所の煙突からモクモクと煙が立ち上る。
ごう普とともに、ジャンボ機が至近距離で顕上を駆け抜けた。羽田空港の渇走路が、左に見える。湾内にせり出した橋のような濁走路誘導路の下をくぐり抜け、発泡スチロール製の小さなブイの脇でエンジンを止めた。

 船首に移り、両足の幅を広めにとり腰を落とした亀石さんは、ブイに付けられたロープを握った。グイッ、グイッ。ローブをたぐり寄せていくと、海中から針鉦で編んだカゴが現れ細長い魚が数匹、自い腹を見せながら元気に身をよじらせている。カゴは十五m間隔で三十個、ロープは四百m以上になる。
 「これが江戸前のアナゴだよ」。握力が今でも80kあるという亀石さんが、やっと口を開いた。
四十五分ほどで引き揚げたアナゴは約九十匹。別に仕掛けておいた刺し網にもカレイがたくさんかかっていた。「いいというほどじゃないよ」。
そう言うが、顔は笑っている。


      海は正直。頑張った分応えてくれる